教えていないことは知らなくて当然と思って接する

「ここは学校じゃない!給料もらっているんだから自分で勉強しろ!」と言うセリフは“ごもっとも”です。

他にも、「いい歳して、そんな事も知らないのか!」、「何年社会人やっているんだ!」、「何年この仕事やってるんだ!」というセリフ。

が、しかし、誰もが自発的・能動的に勉強しないのが現実・・・。

現実は日々の業務を行う中で知る事が“学ぶ”になっている。だからこそ、よく聞く「勉強になりました!」。そして本人は満足感・充実感を味わっているかもしれない。

これも勉強しているという事として認めなければならない。但し、先述通り、自発的・能動的ではない。この点が冒頭のセリフが指している事である。

誰もが向上心が備わっているわけではない、出世したい!絶対に給料上げたい!と言う訳ではない。価値観は多種多様。

だからこそ、上位者が「教える」と言う事が一つの重要な“役割”と言える。違った言い方をすると、上位者が「教える」という労力を「面倒くさい」、「負担が掛る」と思う事から、冒頭のセリフを発しているのであれば役割怠慢・放棄と言える。

先ずは、上位者自身が「教える」という事を実行してみる。

「教える」を始めてみると、相手との関係性が顕在化する。関係性が不成立だと「教える」を有難迷惑と“拒む”。逆に成立していれば「教える」を有難いと“感謝する”。

“拒む”だと、何を言ったところで聞く訳もなかったこれまでの説明がつく。関係構築という基礎から作る必要があると気付かされる。

「教える」ことをしたにも関わらず、「忘れる」、「出来ない」事は叱ってよし。「教えていない」事は「知らなくて当然」という寛大な心を以て接する意識が上位者には必要である。

 

 

 

相手が理解しなければ無意味

言葉は自分の意思を自分以外の人に伝えるために用いるのだが、自分の用いた言葉は、相手と語彙の理解が同一か否かを確認する事無しに用いられる。

それによって、誤解が生じたり、伝わらないという事が生じる。

これは何も仕事の場にだけ於いて起きることではなく、親子や血縁者・親近者の間のコミュニケーションでも生じていて、時にモメ事になったり、言葉遣いの難しさを痛感する。

私の場合、仕事に於いて言葉が「商品」だけに、常々、言葉遣いに注意する。しかし、それでも日々、誤解が生じたり、伝わらないという事が生じ悩まされる。

そんな時、「相手は自分ではない」という言葉を思い出す。

すごく当たり前のこの言葉に出会うまでは、「自分の当たり前は相手にとっても当たり前」という認識が強かった。だから相手と摩擦が生じて、結果的に自分自身が苦しく辛くなる時が頻繁にあった。

この言葉によって、より一層、「わかりやすく話す」という事と、「相手の前提を出来るだけ捉えて話す」という事を意識するようになった。

その結果、万事解決!とまでは行かないが、以前に比べて相手が理解・納得していると思われる反応が増えたように感じ、何よりも自分自身が楽になった。

最近、よく感じるのは「つもり」や「独りよがり」と言う言葉は相手や第三者によってしか気付かされない、という事。私は時に、その「相手」であったり「第三者」であるが、自分の事となればナカナカ気付けておらず猛省するばかりである。

私の商品は「言葉」。商品品質を高めるべく、日々、努力する他ない。

 

実態把握の上で判断してますか?

リーダーは「判断する」という事が重要な役割の一つとなる。

判断を下す際、自分自身の目で耳で肌で実態把握した上で判断しているだろうか?

報告してきたメンバーの言葉や文書を鵜呑みにして判断していないだろうか?

自分の主観や思い込み、浅く薄い情報で判断していないだろうか?

更に、周囲に「意見を聞く」ことはしているだろうか?

 

陥ってはいけないのは、リーダーだから!と自負する余り、「判断する」という事に集中してしまい、客観性や冷静さ、更には大局観が見失われること。

判断に伴って何らかの犠牲や弊害は必然的に生じる。その犠牲や弊害に気を取られていては正しい判断が出来なくなる。

「判断する」という事は結果が出た時に「後悔しない」という事、判断に際しては、後に後悔しない為の万策を自ら尽くすという事。

「判断する」という事は白黒ハッキリさせる、という事。それが出来ない、恐れるのであればリーダーの役割は担えない。自ら降りるべきである。

判断した後は、如何なる結果が出ようとも、自らの責任と全力で受け止める覚悟を持つ。いい結果が出ればメンバーの手柄とし、悪い結果が出れば自らの責任とする。それが真のリーダー。もし、少しでも言い訳するのであれば自ら降りるべきである。

「判断する」という事はとても難しい。「判断する」には様々な能力・情報が求められる。だからこそ、リーダーの重要な役割なのである。

あなたは様々な能力・情報を備えていますか?

 

 

 

 

ことわざ・格言の価値

私だけだろうか?ことわざと格言に言い知れぬ価値を感じる。

いつ、誰が発したかの語源・由来が明確なものよりも、一切が不明でありながら、辞典などに記されているものに驚きと感心を隠せない。

何もかもが今の様に発達していない中、唯一同一は「人間関係」や「人間性」と言うこと。

その中で生み出された、ことわざ・格言は今に生きている。

と、言うことは、どれだけ文明文化が発展しようとも、「人間関係」や「人間性」、更には「人間」はいつの時代にも不変という理解になる。

と、言うことは、“歴史から学ぶ”通り、人間によって発展した文明文化は人間によって滅ぶとということになる。

で、あれば、今起きている多種多様な天災や人災の事象は未来から振り返れば滅びゆく一つ一つの階段とでも言うべきことではないだろうか?

ことわざ・格言は先人の残した最高の遺産の一つであり、人間の本質を問い諭す訓示でもある。

 

少し未来を考えよう

あなたは「消える職業、無くなる仕事」という記事を目にしたことはあるだろうか?それが、あなた自身の身近に迫っていると感じているだろうか?

“今の常識は未来の非常識”。

時代と言う目に見えないものを感じ取り、少しでいいので、その先読みをして自分自身を導いて行かねば、あなたが望まぬ人生となる可能性が高くなる。

国が社会が会社が何かしてくれる、と思うなかれ。自分の身は自分自身でコントロールするのが当然になってきている。こう聞けば、承知済みと言うだろうが、で、あれば、承知の上で、あなたは具体的にどんな行動をとっているだろうか?

「人口減少で労働者不足に陥るから雇用側は大切に扱うだろう」、は立場違いで言うと、「人口減少で会社の成長はおろか、現状維持は御の字、多少の縮小も覚悟して何とか維持させたい」と考える。あなたは店・会社から見て、繋ぎ留めたい人財であるだろうか?

“極端なまでの二極化が現実となる”

平たく言うと、使える人財は重宝され手放したくない、代わりが見込める人財は無難でいい。これが給与にも露骨に反映する。そして、その先には経済格差と言われる現実に直結する。

これまでは、大企業であれば社員を教育研修し能力育成することで会社の成長基盤をつくってきた。一方、中小零細企業の殆どは教育研修に時間と金を掛けることなく、社長のマンパワーと偶発的と言える一部の僅かな社員の自発性か潜在能力の開花によって存続してきたと言える。

しかし、冒頭の通り、社会のパラダイムシフトが起きようとしている中、大企業定義は変化するし、大企業だからと言って従来通り教育研修するとは限らなくなる。中小零細企業となれば、その存在さえ無くなる環境が迫っている。

“何とかなる、は自助努力した人のみ言える”

今日まで通りの働き方は未来に通用しなくなる可能性が高まっている。時間を過ごして真面目に働いていても能力は進化成長しない。したとしても他人との違いや差は生まれない。意識的に「勉強」しなければならない。

大人が子供に勉強している姿を見せないから子供が勉強しない。大人が勉強しないから、子供に教えられない。だからこそ、大人が勉強しなければ、あなた自身はおろか、日本は良くならないと思う。

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全韓国総合酒類卸業中央会講演

ご縁があって、韓国の扶余(Buyeo)と言う、ソウルから車で1時間30分程、南に向かう場所で講演させていただいた。

主催者は「全韓国総合卸業中央会」。日本で言う「業酒連」の韓国版の団体である。この団体幹部が以前に訪日して、その際に講演する機会をいただいたことに端を発して、この度の韓国での講演となった。

韓国と日本の流通スキームの違う点は、日本で言う「問屋」という業種の存在がなく、メーカー→卸→業務店(飲食店)というところ。

印象的だったのは、出席者(韓国各地の酒類卸売業の社長さんたち)全員が同じ服を着ていたこと。日本では一つの会社が全員一緒の服装はあっても、団体としてこの様な状態は殆どお目にかかれないので、強い団結力というか結束力を感じた。

韓国の業務用市場は日本同様、衰退傾向にあり、日本に3~5年遅れて推移しているような市場感であるので、今、日本で起きていることは、確実にやがて韓国でも起きる事だけに、出席者一同、熱心に聞き入ってもらい、特に質問コーナーでは時間延長になるほど熱を帯びた。

韓国の課題も日本と同じで、市場シュリンクの中、メーカーの各種出費抑制の板挟み状態にあり、その打開策を模索している。

因みに、私はハングルを話せないので、都度、翻訳してもらいながら話をさせていただきました。

業務用市場経営実務セミナー講演

業務用市場改革推進協議会(略称:業改協)が主催する、業務用市場経営実務セミナーの第5回目に講演させていただいた。しかも会場は出身地の神戸。たいへん有難い機会をいただき、いつになく感慨深く話させていただいた。

私は飲食店プロデューサーや外食産業コンサルタントとしての活動経験が長く、そんな私が2013年から都内中堅の業務用酒販業の副社長として活動させていただいた上で見た、感じたことを率直に話させていただいた。

一言で言うと、「業界の常識や慣例」は独自性が強く、“ガラパゴス状態”と形容させていただいた。

商習慣や思考などが、かつて「免許制」という絶対的な参入障壁によって膠着化し、免許制の改定後の今もなお、その状態はほぼ変わらずでいる。

課題は、“業務用”酒販業でありながら、業務用=飲食店に関する知識の不足。特に、オペレーションと言われる、届けた酒類・飲料が店に来ているお客様の手元に届くまでの作業手順や使用機器、使用分量など、細部に至る点を未把握のため、商談自体が浅いものとなっている。

違う言い方をすれば、価格やメニュー製作などの表面的な話ばかりに及んでしまい、それに応えられなければ「他社でもいい」と言われる始末。

時間がかかることは百も承知の上で、飲食店の人から「飲み物(ドリンク)の事任せた!」と言ってもらえるだけの知識習得が必然である。

FDS資格認定試験後講演

国内最大の業務用酒販業の団体が「全国酒類業務用卸連合会(略称:業酒連)」であり、予てから計画していた、業界認定の“資格制度”の実施と運営について携わらせていただいた。

知識を体系化したテキストの編纂、資格試験の設問、試験当日の会場運営、試験採点、更には試験終了後の講演まで、最初から最後までお手伝いさせていただき、とてもいい経験となった。

従来、業務用酒類市場にはソムリエ・ワインアドバイザー・利き酒師などの種類に関する資格制度は存在したが、業務一連をひとまとめにする資格は無かった。

そこで、業務用酒類市場の底上げと更なる発展向上を意図とし、「業務用酒販店のセールスパーソンとして必要な基礎知識」を体系化すべく、テキスト化と資格化を実行した。

端的にいうならば、点として各種類の酒類知識あれど、“業務用”=“飲食店”と取引するに際して本当に必要かつ重要な知識は何かをまとめたと言える。

試験形式は「選択式」ではなく「記述式」に拘った。それは、「記述する」ということが出来るという事は、その人にとって知識として定着していると言え、その状態になってこそ、実務現場でお客様に伝えられると考えたからである。逆にいうと、選択式で運よく正解しても、それは自分のものになっておらず、実務現場では用いられないという事である。

この試験を通じて、「知っているつもり」が如何に多数かという事を顕在化させたように感じる。「知っている」という事は、「人に話せる」という状態を以て言えることであると。